それを綱吉が見つけたのは偶然だった。

学校の帰り道のことだ。山本は部活、獄寺は所用で学校を欠席しており、めずらしく一人きりの帰路に着いていた、そんな帰り道。
通りがかった公園の隅に何気なく目をやると、見覚えのある尻尾が楽しそうに揺れていた。

綱吉は思わず立ち止まる。

遠目からでもはっきり分かった。きらりと輝くサンバイザー。風に揺らめく鬣と尻尾は煌々と燃えるオレンジの炎。
こちらに背中を向けてお座りしているその生き物は、間違いなく綱吉の相棒ーーもとい、ナッツだ。
綱吉は目を凝らしながら少々首をひねった。

匣兵器がリングになってからもう随分経つが、綱吉は基本的に匣アニマルを兵器としてよりも愛玩動物として愛でたいと思っている。故に、最近ではもっぱらナッツを出しっぱなしにしている。ところが、自由にさせてもらっているというのに、持ち主の怠惰な性格と本人(本猫?)の臆病加減が相乗効果をなし、当のナッツの活動場所といえば基本的に家の敷地内である。
日がな一日縁側で日向ぼっこをしている時さえあるのだから、野生は着々と失われつつあると云えよう。

そんな家猫と化している天空ライオンが何故、家からは少し遠いこの公園に来ているのか。

(ナッツの奴、こんなとこで何やってんだ?)

好奇心が赴くまま、綱吉はそろりそろりとナッツへ近づいていった。
機嫌がよさそうに右へ左へと揺れている尻尾がはっきり見えるくらいまで距離を詰めたとき、その小さな体がいきなり立ち上がり、目の前に頬を寄せるような仕草をした。すると、ちょうどナッツの姿に隠れて見えなかったソレが露わになる。綱吉は目を瞠った。
真白い羽毛に覆われた体。そして特徴的な黒い嘴、小さく飛び出した耳。綱吉にも見覚えのあるその生き物は、紛れもなく六道骸が所有する霧フクロウだった。

「…ムクロウ?」

思わず呟いてしまい、慌てて口を塞ぐ。
しかし、既に眼前の二匹はこちらを向いた後だった。
綱吉に気がついたナッツがガオ!と元気よく吠えて足元に飛びかかる。そして遅れ、ムクロウがホゥホゥと鳴きながら近づいてきた。
仕方なく目線を合わせるように綱吉がしゃがむと、目の前で二匹が仲良く並んだ。

「ガウガウ!」
「ホー」
「や、やぁ」

吃りながら片手を上げると、ナッツは尻尾をブンブン振り回し、ムクロウはぱちりと瞬きを返してくる。
手の平に頭をこすりつけてくるナッツを構いながら、綱吉は真ん丸なフクロウの瞳を注視し、知らずと息を吐き出していた。

(ま、気配がないから違うとは思ってたけど)

見たところ、ムクロウの瞳は、夜に適性を示す暗青色だ。それはこの霧フクロウが持っている本来の色である。
綱吉が懸念したのは、赤とか青とか六の文字とか、とにかく自己主張の激しいコイツのご主人様が乗り移ってやしないかという点だ。
どうやら今回は、正真正銘の匣アニマルがいらっしゃっているようで、安心したような、そうじゃないような…いやいや、安心した綱吉である。

「いやー、まあ、うん。 それにしても」

交互に二匹を見比べて、やっぱり不思議に思う。

「お前らって友達なわけ?」

真面目な顔で綱吉が首を傾げると、ナッツとムクロウも同じように首を傾げた。
こてん、くりっ、と効果音がつきそうなその仕草に若干胸が震える。なんだか可愛いぞこの二匹。
ためしに、今度は反対側へ首を傾げてみる。
二匹も釣られたように首を傾げる。
綱吉からクスリと笑みがこぼれた。やけに気が合っているじゃないか。

「いつのまに仲良くなったんだかなぁ。こんな公園まで来て、待ち合わせ?」

またガウ!ホゥと返される。はたして了承と受け取っていいものやら。
お互いに顔を合わせたことなんて綱吉の知る限りじゃ殆どないように思う。おそらく片手で足りるだろう。
特にナッツは綱吉に似てビビりのチキンだから、相手が同じくらいビビりな奴でないと馴れるまでに時間がかかるのだ。炎真には会った直後に懐いたのに、獄寺の瓜には中々馴れないのが良い証拠である。
霧フクロウはどうかと云えば、バックに連想されるのはもちろん六道骸なので、ナッツは仲良くなるどころか近づきもしないのではないかというのが綱吉の予想だった。
匣アニマルは持ち主に似るらしいが、ナッツと綱吉が激似であるのと同様に、ムクロウと骸もまた強いイメージで結ばれている。ムクロウからは骸の気配がぷんぷんするのだ。現預かり主のクロームを差し置いてコレなのだから、目立ちたがり屋の執念は凄い。

(ムクロウね…)

綱吉の目には、どうしてもムクロウが骸っぽく見えてしまい、少々近寄りがたく感じていた。動物にクールという言葉を当て嵌めるのもおかしいが、どことなく雰囲気が冷たい気がするのだ。
フクロウに対してまでビビリを発揮するとは、我ながら筋金入りだ、と遠い目をする。

そしてその視線を、自分とは正反対のナッツに移した。

「普段はビビリのくせに、どうしたんだかね、お前は」

なんだか納得がいかなくて、鼻をツンとつついてやる。それがくすぐったかったのか、ナッツが小さくくしゃみをした。
綱吉がプと吹き出すと、今度は反対側の手にふわふわとした何かが押し付けられた。

「わ、」

なんと、ムクロウが頭をすりつけていた。
ムクロウは大きな目を瞬きながら、綱吉の手にすりすりと頭を押し付けてくる。
綱吉は目を見開き、少しの間固まった。
柔らかい羽毛が、手のひらに当たる。
ぐいぐいと、まるで自分も撫でろと言わんばかりだ。
そんなムクロウをまじまじと見つめ、綱吉は微かに頬を緩めた。懐こくすり寄ってくるその姿が、綱吉の中のイメージを少しだけ溶かしたのだ。
羽毛の間に、そっと指先を滑らせる。
そろそろと、綱吉がぎこちない手つきで頭から翼をゆっくり撫でると、ムクロウの目が気持ちよさそうに細められた。

綱吉は内心でふわぁ、と声を上げた。
可愛い。素直にそう思った。
それから少し大胆に胸元をくすぐってやる。
ムクロウは綱吉にされるがまま、体を預けている。
綱吉の口元が思わずほころんだ。
それを見ていたナッツが一歩近寄り、ぺろんとムクロウの頬を舐めた。

「ナッツ?」

驚いて手を止めた綱吉の代わりに、今度はナッツがムクロウの体へすり寄る。体全体をムクロウに押し付けるようにくっつくが、それをムクロウが嫌がる様子はない。
あごの下に入り込んだナッツの頭に嘴を埋めながら、大人しく目を閉じた。

そんな仲睦まじい二匹の様子に、綱吉は呆気にとられた。
リラックスしたように引っ付き合うムクロウとナッツ。その間に敵意や警戒は全く感じられない。
互いに気持ちよさそうに、体を押し付け合っている。

綱吉の口から、無意識に言葉がこぼれ落ちた。

「……いいな、お前ら」

何が良いのかはよく分からない。
ただ、仲の良さそうな二匹を見て、単純にいいなぁと、綱吉はそう思ったのだ。
本当に、何の気もなく、口からするっと出ただけだ。

ーーが、しかし。

事態は綱吉の思わぬ方向へ転がり始める。







                                               .