もう少しで答えが出そうになったとき、ボフ!という、何かが爆発したような音が辺りに響いた。
どこからともなく発生した煙が視界を覆い尽くす。
目が眩み、綱吉はたまらず瞼を下ろした。
一体全体何が起きた。ちょっと待ってオレ大丈夫コレ。
訳が分からず混乱するが、とりあえず待つことにする。何かが起きたときは、慌てず騒がず状況を把握するのが基本だ。

時間にしたら、呼吸をゆっくり数えて三つ分だろうか。
その間、体をじっと固めていた綱吉は、辺りに静けさが戻っていることに気づくと、そろりと目を開けた。

「あ、」

視界に飛び込んできたのは、目を見開いて固まる骸の顔。
ああ、こいつもこんな顔出来たんだ、と場違いにも驚くと。

「…沢田、綱吉?」

名を呼ばれた。
一瞬自分に対して言われているのか判断出来ず、綱吉はきょとんと骸を見つめる。

「沢田?」

もう一度呼ばれる。
そこでやっと、自分が呼ばれているのだと理解した。

「う、え…あ、はい」
「沢田、ですよね」
「は、はい」
「君……」

骸の瞳が徐々に不審げな色を帯びる。
その薄い唇が、いや、しかし、いや、などと常になく忙しない。
それを何とはなしに見ていた綱吉に、骸が問い掛けた。

「君、匣アニマルだったのですか」
「へ?」

綱吉は間の抜けた声を出す。
そして遅れて骸の言葉を理解し、我に返った。

「え」

ゆっくりと下を向く。すると、毛むくじゃらではない、素肌の手が見える。
そしてその手を顔に当てる。ぺたぺたぺた。
しっとりもちもちの感触は紛れもなく人間の肌。
綱吉は目を見開き、そして確信した。

間違いない ーー戻ってる!!

「やっっったぁーーー!!」
「うわ、ちょっとっ」

感極まった綱吉は、目の前にいるのが誰かも考えず勢いで抱きついた。なんだか慌てたような声が聞こえたが、綱吉は聞いちゃいない。
抱きついた何かの感触をしっかり感じながら、目尻の端に光るものを滲ませる。
おかえり。もうどこにも行くなよ。
十年来の恋人に再会したつもりで呟いた。気分は冬ソナだ。
しかし惜しいことに、腕の中に抱き締めたのは初恋の人ではない。盛大なミスを犯していることに気づかず、綱吉は尚も目の前の人物をギュウギュウと抱き締める。

「……し」

浮かれている綱吉の耳に、何かが聞こえる。

「さわだ…」

男の声。

「沢田綱吉!」

耳元で名を叫ばれ、綱吉はぱちくりと瞬きをした。
あれ、オレ何してるんだっけ。ぱちぱちと瞬きをし、今の自分を顧みる。抱きついている。何かに。
鼻先を淡いロータスの香りが掠めた。
いいにおいだなぁと呑気に思って、数秒。
すとんと血の気が引いた。

「……あれ?」
「近いんですよこの馬鹿がっ」

いきなり左右の肩を掴まれ、力任せに引き剥がされた。
ここでようやっと、綱吉は骸を認識する。
綱吉は目を真ん丸に広げて骸を見た。男の表情からは、大いなる困惑と少しの苛立ち、そして微かな羞恥が見て取れた。いや、そんなまさか。
私はたった今何を仕出かしましたか。
思わず丁寧語で自分に問い掛けた。

「あ……えと、あはは」
「…………」

頬が熱くなる感覚というものを綱吉は初めて体験した。
気まずさと恥ずかしさが波となって押し寄せる。
抱きついてしまったのだ、あの六道骸に。
内心うわー!と頭を抱えてのたうち回った。

(何やってんだオレ。ナッツじゃあるまいし)

骸の顔がまともに見れず、綱吉は下を向いたまま焦ったように口を開いた。

「ご、ごめん!骸、あの、おれ」

しかしいざ弁解しようにも、どこから説明していいのか分からない。くぐもった声で、だから、その、とブツブツ呟くと、頭上に小さな溜息が落とされた。

「沢田」
「な、なんですか」
「顔を上げなさい」
「え、いや、」
「上げろ」

肩から離れた両手が綱吉の頬を包み、少しばかり強引に顔を上げさせた。
綱吉の赤い顔が骸の眼前に晒される。しかしそれを嘆く間も無く、綱吉は瞳を丸くした。

「骸、」

一目見て、整っていると分かる相貌。その面立ちは表情が無ければ冷たくさえ見えてしまう。
しかし、今。そんな骸の頬は、ほんのりと薄く色づいていた。
綱吉の唇がぽかんと開く。
骸はそんな綱吉を睨むように見つめて小さく舌打ちをするが、綱吉は動じない。ただただ、惚けたように骸を見ていた。
やがて観念したように、骸が口を開く。

「……一体、どういうことなんですか。コレは」
「い、いや…オレもよく分かんなくて…。朝起きたらあの姿になってて、リボーンいないし、どうしていいか分かんないから、とりあえず家から出てきたんだ」
「…そうですか。最初から君だったわけですね」

骸は苦虫を噛み潰したように顔を歪める。
沈黙が落ちる。
今度は綱吉が口を開く。

「その……ごめん!オレ、騙すつもりじゃなかったんだけど」
「別に…謝る必要はありません。君が僕を騙す理由もないでしょうし」
「うん。あ、あと、抱きついて」
「今更ですよ」
「え、何で?」
「君、今の状態分かってますか」

一応僕の膝の上に座ってるんですけどね。
そうボソリと言われ、綱吉は己が腰を下ろしている場所を自覚した。
顔から火が出る。そう思った。
声にならない悲鳴を上げて飛びのこうとした綱吉だが、その拍子にバランスを崩す。既視感。
落ちる、と思ったその時、力強い腕が背中に回され、引き戻された。
勢いのまま、腕の中に抱き込まれる。

「っ、ぅ」
「っはぁ、」

骸は綱吉を抱き締めたまま、綱吉は抱き締められたまま、しばし呼吸が止まる。
ドッドッド、とどちらのものか分からない鼓動が二人の間で鳴り響く。

綱吉はゆっくりと肩の力を抜き、息を吐き出した。

「……び、っくりした」
「…ったく君は」

綱吉が呆けたように呟くと、はあーー、という盛大な溜息が頭の上に落とされた。
心の底から呆れましたと言わんばかりの溜息である。くそ、またやらかしてしまった。
うう、と綱吉が唸ると、今度は小さい溜息。
と同時に、綱吉の頭に何かが乗っかった。

(わ、わ)

綱吉は体を硬直させる。それは骸の手のひらだった。
その手がくしゃりと綱吉の髪を掻き混ぜる。

(なんで、)

驚いて身を固くする綱吉の、その薄茶の髪を、骸の手がくしゃりくしゃりと撫でていく。
しばらく緊張していた綱吉だったが、やがて力を抜き、瞼を閉じた。

(……なんでかな、)

不思議と嫌ではなかった。むしろ、気持ちいいなぁと、そう思ったのだ。
綱吉は心の中で可笑しそうに笑う。ナッツじゃあるまいし、何言ってんだか。
でも気持ちいいものは気持ちいいのだから、仕方がない。
何故だろうと少し考え、ああそうか、と気づいた。
そうだ、本当は途中から気づいていたじゃないか。
「ナッツじゃあるまいし」とはもう言えない。
綱吉にはやっぱりナッツの気持ちが分かるのだ。
だってナッツは綱吉の匣アニマルなのだから。
綱吉が好きなことはナッツだって好きだし、ナッツが好きなことは綱吉だって好きだ。
どちらが先かは分からない。しかし一つ言えることがあるとすれば。

(ちょっと、思い込んでたかな)

六道骸が苦手であると。
それは偏に、初めて戦った時のイメージを引きずっていたから。そして綱吉自身、たぶんきっと絶対おそらく好かれちゃいないだろうと信じていたからだ。
けれど、と綱吉は思う。案外そうでもないのかもしれない。
自分に撫でられ、気持ちよさそうに目を閉じたムクロウの姿が思い浮かんだ。

綱吉は小さく微笑み、骸の顔を見た。

「骸は、この公園でナッツとよく遊ぶの?」

骸は青と赤の瞳をほんの微かに見開き、少し間を置いてから、仕方なさそうに答える。

「よく、ではないですけど」
「そっか、ありがとな。ナッツの相手をしてくれて」

綱吉が礼を言うと、「またコイツは…」というような顔で睨まれる。
骸はそのままジーっと綱吉を見ていたが、やがて根負けしたように肩を竦めた。

「ドウイタシマシテ、ボンゴレ十代目殿」
「うわ、やめろよその呼び方」
「はん、別になんだっていいでしょう。…しかもナッツというのですか、君の匣アニマルは」
「うん」
「安直な名前だ」
「余計なお世話だよ」

ブスくれる綱吉に、骸はどことなくぶっきらぼうに捲し立てる。

「僕も別に何か意図があったわけではありません。ただ、偶然公園で会ってからあの子ライオンが懐いてくるので…それで」

まるで怒られずに済んでホッとしている子供のようだ。
綱吉は内心で、小さく微笑んだ。

「うん、そうだと思ったよ。そっちのはムクロウって言うんだろ」
「霧フクロウがどうかしましたか」
「オレもさ、昨日ちょっとだけ仲良くなったんだ」

綱吉がニと笑うと、骸が意外そうな顔をした。

「あれが懐いたんですか」
「まあ、ほんとにちょっとだけなんだけどね。とりあえず、お近づきした感じ」
「ほお」

骸が考え込むように視線を下げるけれど、そんなもの気にせずに綱吉は続けた。ーー勇気を持って。

「だからさ、今度この公園で遊ばないか。ナッツとムクロウも連れて」

言い終わった瞬間、少しだけ鼓動が早くなるのを感じた。
でも言ってやったぞこのやろう。心中、誰にともなく綱吉は息巻く。
そして反応はどうかと骸を見つめていると、黒曜の制服に包まれたその肩がフルと震えた。続けてクッという低い笑い声。

「骸?」
「フ、いえ、君は何と言いますか、まだまだガキですねぇ」
「な、なんですと!」
「クハ、だって僕に向かって公園で遊ぼうってっ…かつて無いですよ」
「い、いいじゃん別に」
「ええ、悪いとは言ってません」

骸がクスリと笑う。
それをムスっと見つめる綱吉の頭をポンポンと撫で、彼は約束した。

「いいでしょう、付き合ってあげます」
「…ほんと?」
「嘘ついてどうするんですか。ま、どうせなら次回は本物のナッツを膝に乗せたいですけどね。君重いし」
「なにおっ」
「嘘です、君はもう少し食べたほうがいいですよ」
「どっちだよ!」

綱吉が突っ込みを入れると、骸の口元に小さく笑みが浮かぶ。それを見た綱吉も、また楽しそうに笑った。
こうして、朝から始まった綱吉の不幸は、半日と経たず終わりを迎えたのである。
未だ膝抱っこが継続中であることにも気づかず、二人は吹っ切れたように次の待ち合わせを話し合うのだった。

鶏が先でも卵が先でも、終わり良ければ世はこともなし。





















「とんの屋」の目黒さんから相互リンクお礼で頂きました!!!!!

ありがとうございます~!!!!
ムクツナはもちろん大好きなのですが+ナッツとムクロウがいるともっと大好きです
なのでバッチリとリクさせていただきました(^ω^)そして甘め♪

ぎゃああああ!萌えすぎてやばいです、公園にナッツとムクロウさんが遊んでいること自体が萌えです☆
2匹と戯れるツナたんがまた可愛いすぎて盗撮したい!そういうDVD作ろう!(裏DVDでも)
いや”ツナたんの”触れ合い動物園を作りたいです!
ナッツと入れ替わって骸さんにゴロゴロ&ナデナデされてるツナたんもまためちゃくちゃ可愛いです☆
ツナたん照れちゃってもう!(違います)骸さんそのまま持ち帰ってもいいよ♪
骸さんに抱き付いてツナたん大胆ですね~(鼻血)反応が初々しい、たまらんですな!
周りというか公園には入れないくらい甘~い空気が漂っているに違いないです
まだがっつりと恋人じゃないですよね?それでこの甘さはヤバイです☆☆☆
(イチャイチャしだしたらリボーン先生に蹴られる・・・!)何度も言うけどムクツナ結婚しよう☆



次に会うときはムクツナ公園デートになるんですね!おそらく健全に・・・・
骸さんが変なことをしなければ・・・・☆むふふ(‐^0^‐)

目黒さん素敵小説をどうもありがとうございました!!!
家宝じゃーー!!


                                2014・04・03



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