キワモノましまろの憂鬱(白ツナ+骸で代理戦争の話/マナセ ノズ様からのリクエスト)


 
代理戦争二日目の放課後である。
一日目の戦績を踏まえ、大きな脅威となりうるヴェルデチームの情報を共有するため、綱吉達は同盟を組んだユニチームの屋敷を訪れていた。
そこで見せられたのは一つの拳銃。どこからどう見ても本物にしか見えないソレは、なんと幻覚で造られた物だという。かの霧の術士が駆使する有幻覚でさえ、力が途切れれば残滓も残らないというのに、目の前のそれは一日たった今も確固たる輪郭を保ち続けているというのだ。俄かには信じ難い話に、綱吉達はどよめきを隠せなかったが、既に一戦を交えたユニチームの表情が変わることはなかった。
然して明かされたのは、科学と幻術の驚くべき合わせ技である。ヴェルデ博士は、幻覚を本物にするというとんでもない装置を開発したらしい。しかも、そんな夢のような機械と、最高峰の術士&その弟子がタッグを組んだというのだ。
手に負えない感ハンパねぇ…と、綱吉は内心冷や汗をかいた。

「でも、ま、そんな彼等の前に立ちはだかっちゃうのが僕らなんだけどね~」
 
綱吉の心情を読んだかのように、白蘭がニコリと笑う。可愛い子ぶって傾げられた顔と、ばっちり視線が合った。

「アハハハ…“僕ら”、デスカ」

複数形の内訳は、恐れ多いことにも白蘭本人と綱吉のようだ。これからの戦いを思うにつけ、胃がキリキリと悲鳴を上げるのは気のせいではない。
白蘭――それは、白い花をつけるラン科の単子葉植物……でなはく、未来で千の花々を率い、綱吉との死闘の末に散っていった、とある男の名だ。もっと言うならば、今現在、綱吉に肩を寄せ、ご機嫌にマシマロを頬張る男と同一人物である。

「…………」
「ん?どうしたの、綱吉クン。変な味のマシマロに当たっちゃった?」
「え?いや、そんなことは」
「にゅにゅにゅ!?白蘭ヒドーイ!ブルーベルが選んだマシマロに不味いやつなんてひとつもないんだからぁー!!ていっ」
「うわっ!?」
「おっと」

頬をリスのように膨らませたブルーベルから、近くにあったキワモノましまろシリーズ(納豆味)が弾丸の速度で放たれる。可愛らしい掛け声とは裏腹の豪腕だ。

「むぐぅ!?」
「お、すげーな。ナイピッチ」
「言ってる場合か!?十代目に何しやがるこのクソガキ!!」
「ふふーん、お子ちゃまには分かんない大人の味を教えてあげたのよっ!」
「オレ達、お前より年上だぜ?」
「せーしん的な、は・な・し!」

マセた態度でえっへんと胸を張る少女に、獄寺が苦い顔をする。山本は苦笑しつつ、コソっと綱吉の耳元で囁いた。

「良かったな」
「うむん?」

くぐもった声で返事をする綱吉に笑みを返しつつ、山本は続ける。

「気にしてただろ、ツナ」
「あ、まあ…うん」

ブルーベルに視線を戻す。
この小さな女の子も、未来では綱吉達と敵対し、大きな脅威となった。今はその時の面影など一切見当たらないけれど。綱吉は心の中で溜息を吐き出した。

(正直、まだ戸惑うんだよなぁ)

ブルーベルや他の真六弔花のメンバーもそうだが、何より……。
綱吉は口の中へストライクされたマシマロをもぐもぐと噛み締めながら、隣の男をチラリと伺う。同じく高速マシマロキャッチを強要された白蘭も、ムグムグと口を動かし、意外と美味しいそれを味わっている。

「う~ん、納豆味もなかなかイケルね♪」
「でショ?」
「て、てめーら…揃いも揃って能天気か!!」
「まあいーじゃねーか獄寺。作戦会議も一応終わったしな」
「そーそー♪ずっとピリピリしてたら疲れちゃうよ~」
「てめーはもっと緊張感を持てよ!?」
「え~?僕疲れるのキラーイ」
「ブルーベルも~」

(コレだもんな~)

獄寺にツっこまれ、口を尖らせる白蘭の気安さといったら。
盛り上がる周囲とは裏腹に、綱吉は釈然としない気持ちを持て余した。何せ、過去を振り返っても(正しくは未来の出来事であるが)、思い出すのは能天気な微笑みではなく、何を考えているか分からない不敵で悪辣な表情だ。ある種のポーカーフェイスとも言うべき崩れない笑みは、恐怖と暴力の記憶と共に脳裏に焼き付き、今でも容易に思い出せる。

(すげー怖かった)

何度逃げ出したいと思ったか知れない。それでも支えてくれる仲間がいたから、竦みそうになる足を叱咤して突き進んだ。

(……けど)

最後の最後で、そんな恐怖を上回ったのは、綱吉が今まで感じたこともないほどの怒りだった。ユニの命を、地球上の全ての生命を、人生というゲームを楽しむための駒だと論じる白蘭に、とてつもなく腹が立ったのだ。そして怒りは、燃え盛る炎へと変わった。

忘れられるはずがない。だって綱吉は、紛れもなく、この男を自分の手で――。

「――――……」

知らず詰めていた息を吐き出す。深く沈みかけた思考を呼び戻したのは、きゃらきゃらと弾む楽しげな声だった。

「あ、これ食べてみなよユニちゃん。すっごく甘くて美味しいよ~」
「ん、ありがとうございます。美味しいですね」
「…!白蘭、貴様!手掴みで姫に食べさせるとは何事だっ!」
「うるさいな~ただのスキンシップなんだからいいデショ?」
「気安く触れるなっつってんだよ!」
「そんなこと言っちゃって、ほんとは自分もやりたいだけだろ?ヘタレのガンマくん♪」
「っっふざけたこと言ってんじゃねぇーー!!」
「け、喧嘩はやめてください!」

間に挟まれたユニの健気な静止が飛ぶ。しかし図星を突かれた若いハートが止まるはずもなく、胸ぐらを掴んだメンチの斬り合い勃発である。片や青筋三本、片や満面の笑み。本日何回目かはもう忘れた並盛組であった。

「こりゃ火に油だな…」

苦笑する山本に同意するように、獄寺が呆れた目を向ける。

「ったく、ガンマのヤロー、どっちがガキだっつーんだよ。ねえ?十代目」
「あはは……あんまり仲は良さそうじゃないよね」

(コレ、だもんなぁ)

何だかなぁと煩悶していると、そのオーラが伝わったのか白蘭がハタとこちらを見た。
急に合わさった視線に心臓が一つ跳ねる。

「……」
「な、なに?」

かすかドギマギしながら訊ねると、白蘭はクスリと微笑んだ。

「そろそろお茶の追加でも持ってこようかな。綱吉クンも手伝ってくれる?」
「え?」
「白蘭!テメー話は終わってねーぞ!」
「ユニちゃん~ちょっとお茶用意してくるから、その間にガンマ君をよしよししてあげてね~」
「ふふ、分かりました」
「ひ、姫!?」
「さ、綱吉クン行こっか」
「あ、うん」

カタンと微かな音を立てて椅子から立ち上がった白蘭に促され、綱吉も慌てて立ち上がる。
軽い足取りで部屋を出て行く男の背中を、転がるように追いかけた。

***
 
この時代を生きる白蘭といえば、割とすっきりした顔つきで綱吉達の前に現れた。シモンの一件で山本を助けてもらった経緯もあり、その存在を知らなかったわけではない。ただ生身の本人と相対したことにより、ようやく現実として受け止めることができた。
彼は綱吉と同じ“今”を生きていたのだ。
まるで久しぶりにあった親戚のにーちゃんのように「学校は楽しいかい?」と聞かれた衝撃といったら、初めて死ぬ気弾を撃たれた時のソレに近かった。
世界征服は?あの邪悪な笑みはどこにいった?

(しかも勝手に部屋見られたし)

掃除もしていない散らかった部屋である。ちょっと恥ずかしかったのは秘密だ。
その後もコンビニへ誘うのと同じノリで「同盟組もうよ♪」と言ってきたり、気楽な態度で話しかけてきたり。さらに話してみれば、毒々しさというものが一切合切抜け落ちている様子。正直、ギャップで風邪をひいてもおかしくはないレベルだった。

(なんだかな~)

そんな白蘭に対して、未来の遺恨を引きずるほど綱吉もしつこい人間ではない。しかしどうしたって違和感は拭えないのだ。

(考えてみたらオレ、白蘭のことよく知らないや…)

難解な数学の問題よりタチが悪い。そんなことを思いつつ、上機嫌に進んでいく白蘭の後を着いていくと、ピカピカに磨き上げられたキッチン、というよりは厨房に近い広さのそこに辿り着いた。

「ここがキッチンだよ」
「広いね」
「それなりの人数が住んでるからね」
「食事はいつも誰が準備してるの?」
「コックがいるんだ。あとはユニちゃんとブルーベルがお菓子を作ったり、僕も紅茶くらいなら入れるかな」

こうやってね、とダージリンの茶葉が入った缶を振り、白蘭はおどけた様子で笑ってみせる。
気安い態度だ。そんな男を見ていたら、綱吉は無意識に言葉を発していた。

「あのさ」
「うん?」
「あの、」
「あの?」

白蘭が先を促すように「ん?」と首を傾げる。綱吉は「あ」の口のまま一瞬思考が停止し、硬直した。互いに見つめ合い、一秒、二秒――。

「――や、何でも、ない」

三秒目を数えようかというところで、綱吉は我に返った。
零れ出ようとしていた何かを微かな吐息に変え、喉の奥に引っ込ませる。白蘭が怪訝な顔をした。しかし綱吉とて、自分が何を言いかけたのか、いまいち分からなかった。
否、正確には、言いたいことも聞きたいこともたくさんあったのだが、その中のどれを言おうとしたのか、検討が付かなかった。
これ以上はヤブヘビになりかねないので、わざとらしい咳払いをして話を締めくくる。

「早くお茶をいれて戻ろう」
「え?なになに?何だい?」
「何でもないよ」
「ええ~?気になる~!」
「だぁーから何でもないってば」

女子高生のようなテンションで迫ってくる白蘭をなんとか躱しつつ、配膳の準備を始める。背中では、女子高生(仮)がブーブー文句を言っているが、期待には答えられない。
込み入ったことを聞くには勢いと勇気が必要なのだ。生憎今はどちらも足りていない。

(死ぬ気にでもなれば聞けるのかな…)

綱吉は黙々と手を動かしながら漠然と思う。その自問に対する答えは、図らずも、このすぐ後に知ることとなった。

***

夕闇に急かされるように、地平線に淡い橙色を残して太陽が沈んでゆく。そんな、早急に下ろされる夜の帳を視界の端に収めながら、綱吉と白蘭は背を合わせ、地上を睥睨していた。

「いや~バトルは突然に、だね」
「…………」

バトル開始一分前を告げるベルが鳴り響いたのは、久しぶりに再会した正一とスパナを加え、作戦会議を続行しようとした矢先のことだった。アナウンスを聞いた者達は、迎撃体制を整えるため、各自持ち場へと散っていった。かくいう綱吉も、空へ飛び立った白蘭を追いかけ、今に至る。

「しかし…まさかこんな日が来るとはね」

吹き上がる夜風に髪を遊ばせながら、白蘭が独り言のように呟く。
綱吉は背中越しに男の横顔を振り返った。

「……背中を預けるぞ、信じていいんだな、白蘭」
「さあね、自己責任さ♪」

飄々とした言葉は、敵へ送る欺瞞のようにも、仲間へ送る軽口のようにも聞こえる。脳裏を、未来の白蘭の姿が過ぎった。あの男も、常に得体の知れない笑みを貼り付け、綱吉達には最後まで本心を見せなかった。

「ふふ、まただんまりかい?」

再び黙した綱吉をからかうように白蘭は続ける。

「リボーン君達といる時の君はうるさいくらいに楽しそうだけど、今日の君は黙り込むばかりだ。僕とのおしゃべりは好きになれない?」
「そういうわけじゃ」
「僕が怖いから?」
「―――……」

ひどく核心に近い所を突かれたような気がして、綱吉は微かに息を飲んだ。
そう、いや、そうだけど、そうではないのだ。真逆だからこそ、綱吉は頭を悩ませるのだ。

ああ、そうか、と腑に落ちる心地がした。

「ちがう、逆なんだ」
「逆?」
「怖くないから、よく分からない」

戦闘は既に開始している。呑気におしゃべりなどしている暇はないはずだが、それでも焦りが湧いてこないのは、死ぬ気になっている影響だろうか。
油断なく意識を張り巡らしながら、熱を感じるほど近い背中に向けて、やっと形になりそうな言葉を紡いだ。

「未来では、血眼になって、他人を殺してでも全パラレルワールドを支配しようとしていたお前なのに、今はユニの呪いを解くためだけに、全力で戦おうとしている。それが
……」
「信じられない?」
「……分からない」

未来で理想を語った彼と、今の彼。全く違うのかと思えば、思わせぶりな言動に記憶の男が重なる瞬間もある。どちらが本当なのか、いや、どちらも本当なのか。
綱吉は少しの躊躇いの後、意を決して伝えた。

「未来でも、お前には最後まで共感できなかった」

一瞬の沈黙。恐る恐る背後を伺うと、一拍置いて、盛大に吹き出す音が聞こえた。

「ぶッ…アハハ!!」
「ちょ…え?なんで笑う!?」
「いや~ズバッというからさ~!」

おかしそうに羽を震わせながら、白蘭は「だから信用できるんだけど」と付け足した。

「もっとも、ユニちゃんに言わせれば、僕らけっこう似てるとこあるらしいけどね」
「え?」
「僕らは二人とも、平和な世の中では役に立たないけれど、有事の際に輝く合わせ鏡なんだってさ。……ま、それを未来で僕は自分のゲームのために悪用し、綱吉クンは仲間のために正しく使ったって言いたそうだったけど」
「…………」
「ふふ…今の僕はあの時の君に近いかも知れない。あの子のために、ガンバル♪」
「!白蘭、お前……」

この男は今何と言ったのか。未来の彼であれば到底考えられない、ひたむきで真摯な言葉に綱吉は目を見開いた。しかし続ける言葉を迷う内に、ブルーベルの甲高い声が響き、骸チームによる開戦の狼煙が高らかに上げられたのだった。


***


(自己責任なんて…どの口が言ったんだ)

世界征服が出来るくらいの力を持っていても、死なないわけじゃない。それを綱吉はよく知っている。しかし白蘭は、自分の生命が脅かされることなど全く気にせず、コロネロから放たれたライフルと綱吉の間に飛び込んだ。
綱吉が負けないこと、それがユニの願いであるから。自分を悪夢から救ったユニの心を、今度は己が守るために、その命を張ってみせたのだ。

「さあ、行くんだ綱吉クン。お父さんを倒しに!!」
「…っ、でも!」
「だいじょーぶ」

頑張ってね、綱吉クン。
落ちていく彼の、微かに口角の上がった唇が、声なき言葉をかたどる。その気が遠くなるような、しかし一瞬の視線の交わりに、綱吉は覚悟を決めた。

「っわかった!!」

飛来した弾道のその先、余裕の表情で構えているであろう家光目掛け、綱吉は勢いよく飛び出していった。


(父さん……待ってろよ)

すれ違う風が金切り声を上げ後方へ流れていく。逸る心が、速度を最高出力へと押し上げるのだ。
しかし、目標が距離半ばまで迫った所で、真下の森から己の名を呼ぶ声が聞こえた。

「沢田!」
「…っ!?」

突然のことに思わず失速する。急ブレーキを掛けるように止まり、下方を目視する、と。
綱吉は信じられないものでも見たように、思わず二、三度瞬きをした。

「……骸?」

なんと眼下には、先ほどまで交戦していたヴェルデチームのリーダー、六道骸が、木々の間から綱吉に分かるような角度で姿を覗かせているではないか。しかも人差し指をクイクイしながら。

――何だアレ。いや、まさか。

「降りて来いってことか…?」

綱吉は愕然とした。俄かには信じられないが、あれはどう見ても「ちょっと面貸せや」のジェスチャーである。思わず口元が引きつった。

(…いや、怪しすぎるだろ!!!)

現在、代理戦争は三チーム入り乱れての戦闘真っ只中。しかも四チーム目による横槍があったばかりだ。同盟を組んでいるならいざ知らず、ボスウォッチを持っている者同士がおいそれと相対していいものか。いや、いい訳がない。
綱吉が唖然とした表情を隠しもせず見下ろしていると、骸はその内、指だけでなく腕全体を使って「とっとと来なさいトロイんですよ貴様は」とでもいうような豪快なジェスチャーをし始める。一体どういうことなんだ……。
痛む頭に眉を顰めながら、深々と溜息を吐き出した。そして今まさに向かおうとしている方角、次に今しがたやってきた方角を見やり、心の底から煩悶する。作ってもらった時間に余裕は無い。
無いが、しかし。

(…………)

宣戦布告までしてきた骸が、今この状況で綱吉にコンタクトを取ってきた理由とは一体。もしそれが、この戦争に関わる重要なことならば、無視するわけにもいかない。
数秒の葛藤の末、己の直感にもそこはかとなくお伺いを立てつつ、綱吉はそっと下に降りていった。

骸からはやや遠い場所に降り立つ。その様を見て、男の美しい柳眉がぴくりと跳ねた。

「何故そんなに遠い?」
「適正な距離だ」

何せさっきまで殴り合いの応酬をしていたのだ。好き好んで近づく馬鹿がどこにいる。
至極当然な綱吉の言葉に、何故か苦虫を百匹ほど噛み潰した顔をする骸。

「……なんだ」
「……何でもありませんよ。それより、改めて確認をしたいのですが」
「何を」
「同盟を組んだのですね、白蘭と」
「え?ああ、まあ」

事実なので、綱吉はあっけらかんと返事をした。一瞬の沈黙。骸は口元を緩め、穏やかな表情で顔を逸らしたかと思うと、その顔を勢いよく戻した。まごう事なき般若の顔である。

「馬鹿なんですか?君は」
「はあ?」

いきなりの罵倒に綱吉の語尾も上がった。唐突に呼びつけておいて一体何の話だというのだ。

「急に何だよ」
「君ね、あの男に未来でどれだけひどい目に合わされたと思っている。そんな相手に丸め込まれ、同盟を組むなど狂気の沙汰としか思えない」
「……そのことか」

一体どんな難癖を付けられるかと思いきや、飛び出てきたのは綱吉にも覚えのある懸念だった。いやむしろ、綱吉こそが誰よりもそんな風に思っていたかもしれない。

「仕方ないだろう、同盟を組むって決めたのはオレじゃなくてリボーンだ」
「そうだと言うのなら、それ相応の態度を取るのが普通では?」
「態度?」
「いつ未来世界のような残虐性を垣間見せるか知れないというのに、背中を合わせるなど危機意識の枯渇甚だしい」
「…………」

骸の言うことはもっともである。たしかに、未来の白蘭にへ良心や善性などという言葉は一切期待できなかった。
しかし、それが現代の白蘭に当てはまるかと言われれば、答えは……恐らくノーなのだ。
たまに見える薄情加減は恐らく素の性格によるものだろうが、綺麗な白蘭としてリニューアルしたらしい彼には、言動、表情ひとつから滲み出る悪辣さというものが消え失せてしまったのだ。
それこそ、過去、指輪争奪戦に突然現れたどっかの誰かさんみたいに。

(なんて、口が裂けても言えないけど)

なんだかな、と溜息をこらえつつ、その”誰かさん”へ弁明を試みることにする。でなければ、体を張った白蘭の面目も立たないという話だ。

「白蘭のこと、そんなに悪く言うな。未来では確かに怖い敵だったけど、今はユニを守ろうとしてるんだ」
「証拠は」
「しょ、証拠?本人が、そう言ってたのと、あと…雰囲気が」
「本人がねぇ…」

骸は心底面白くないといった顔で鼻を鳴らした。

「それで?君は白蘭の言葉は信じるくせに、僕の忠告は聞かないと」
「…!?」

あまりの言われようにポカンと口を開けた。ついでに死ぬ気も解けた。流石の綱吉とて黙っていられないことはある。

「あっ…当たり前だろ!?白蘭は同盟を組んでるけど、お前は…今は敵チームなんだから!」

もちろん守護者として、その実力的な意味なら十分に信頼している。しかし間違っても今引き合いに出される話ではないし、はっきり言って業腹だ。何故ならば。

「今回は敵になるって、オレを倒すって宣言してきたのは骸の方じゃないか!…オレは、戦いたくなかったのに」

そりゃあ綱吉だって並中メンバーと接するように骸達と仲良しこよしをしたいわけではない。出来るとも思っていない。しかしそうは言っても、今まで関わってきたあれこれをリセットしたかのように敵認定されては、口もへの字にならざるを得ない。「ちょっと面貸せや」はこちらのセリフである。
腹立たしい気持ちをそのままにジロリと睨みつける。内なる思いは億千あるが、それを気合で引っ込め、ビシリと指を突きつけて言ってやった。

「言ってることとやってることが矛盾してるんだよ!?」
「…………」

迫力に押されたのか、骸は束の間沈黙する。けれどすぐに開き直ったようで、いっそ堂々と言い放った。

「僕が君を信じないのはいいけど、君が僕を信じないのはダメです」
「どんな理不尽!?!?」
「ああ、まあ僕とて別に信じていないわけではありませんが…特に君が骨の髄まで甘いという点に関しては、僕も身に染みているので」
「ダメさ加減を信頼するなー!!」
「別にダメとは言ってないでしょう」
「ふあ!?」

罵られていると思いきや、急に肯定の言葉が返ってきて前につんのめりそうになる。そんな綱吉を、心底悩んだ末に諦めたような顔で見つめながら、骸は肩を竦めた。

「ただ単にそれが君、という話です」
「は、はあ?それって」

どういう――。
真意を問う言葉を投げかけようとした、その時。二人の頭上から、やや憤慨したような、けれども緩い声が、突如として割って入った。

「ちょっとちょっと~、綱吉クンいじめるのやめてくれる~?」
「!?」
「…チッ」

予想だにしないその声。綱吉は驚きに目を見開き、骸は忌々しげに目を細め、同時に空を見上げた。そこにいたのは、言わずもがなの白い男

「びゃ、白蘭!?」
「はーい、僕だよ~綱吉クン」

真っ白な翼をはためかせ、その男――白蘭はヒラヒラと手を振った。

「え、え…!?何で!?怪我は!?」
「ふふふ、優秀な晴れ属性の部下と親友がいる僕に死角はないのサ」

ま、応急処置だけどね~と付け加え、彼は綱吉の横にふわりと降り立った。目を白黒させる綱吉にニコリと微笑み、その顔のまま骸と向かい合う。その瞬間、綱吉の背筋にゾワリと言い知れぬ悪寒が這い上った。何故か、周囲の温度が二、三度下がった気がする。
ひと呼吸分の沈黙を置き、口火を切ったのは白蘭だった。

「さて、骸クン。これは何かの作戦かな?」
「…………」
「しかもこんな所で待ち伏せしてサ~。せっかく僕が攻撃を一手に引き受けたのに台無しじゃーん」
「…………」
「あれ、だんまり?」

先ほどまで饒舌に喋っていていたのが嘘のように骸は口を閉ざした。しかし、その異色の瞳は開かぬ口の代わりを存分にこなしている。翻訳するに、話しかけるな死ねこの野郎って感じだ。元から悪そうだった機嫌が更に急降下した骸を不思議に思いつつ、綱吉は刺さりそうな視線に戦々恐々する。しかしその視線を真っ向から受けているであろう白蘭は、尚も楽しそうに笑みを深めた。こちらは憤慨していた割に、やけに機嫌が良さそうなのが謎である。

「話したくないって顔…いや違うか、言いたいことは山ほどあるけどここじゃ言いたくないって感じかな?」
「君には関係ないでしょう」
「関係あるさ。だって僕達、同盟組んでるし」

ね、綱吉クン♪
語尾を楽しそうに弾ませた白蘭は、ごく自然な動作で綱吉の肩を抱き寄せた。しかも疑問に思う間もなく頬までくっつける早業である。綱吉は突然の接触に驚きはしたが、やはりどこか女子高生的なノリであるせいか、何となく許容して肩の力を抜いた。髪が鼻先に触れるほど近い……あれ、やっぱコレ近すぎない?

「クチュンッ」
「あ、ごめんね綱吉クン」
「…………………」
「っうう、いや、こちらこそゴメ…うおっ」

むず痒さに耐えきれず小さなくしゃみが出た。その拍子に目を瞑ってしまったわけだが、微かな時間の後に瞼を開けると、向かい合う奇麗な顔に青筋が三本程追加されていた。こわっ。びくりと肩を震わせた綱吉が気に食わなかったのか、更に表情が険しくなる。
綱吉の肩を解放しながら、白蘭は可笑しそうに笑った。

「あはは、分かってないなぁ骸クン。そういう態度は逆効果だよ?」
「…まるで自分は分かっているかのような言い草ですね」
「んーどうかな。どちらかといえば分かるようになった…かな?」
「ほお?僕でさえ君の非人道性には感服したというのに、今さら何を分かったと言うのです?」
「いや~君も中々だと思うけど…まあ、強いて言うなら“気持ち”かなぁ」

何の気負いもない白蘭の返答に、骸の柳眉が微か動いた。

「君だって同じだろ?魂を焦がすほど戦って…そしたら多少、見えてくるものもあったのサ」
「……あの、何の話?」

何やら小難しい会話の応酬に一人着いて行けない綱吉は、存在を主張するため恐る恐る手を挙げた。男二人の視線が綱吉へと集まり、その何も分かっていなさそうな間抜けた顔を凝視して――どちらからともなく溜息と苦笑が漏れた。

「……アホらしい」
「な、何だよ」
「綱吉君の危機管理がザル過ぎてどうしようもないねって話♪」
「絶対違うよね!?」
「違わないよ~?」

白蘭は相変わらず笑みを浮かべていたが、その顔にはやけに圧力があった。これはもしかしなくとも、少々怒っているのだろうか。

「バトル中に敵チームのリーダーの誘いに乗るなんて、いくら超直感があるとはいえちょっと不用心だったんじゃない?」
「う……」

まごうことなき正論である。言い返せるはずもなく、綱吉はしおしおと項垂れた。

「ご、ごめんなさい……たしかに、不用心だった。骸だから、何か大事な話があるのかなぁって、簡単に考えちゃって…」
「おお…」
「君……」

もにょもにょと零れた言葉に男たちが目を瞠ったことには気づかず、綱吉は猛省した。そして瞬時に頭を切り換えた。悠長に話してはいたが、まだバトル終了のアラームは鳴っていない。
ならばやるべきことは一つだ。

「ふっ…!」

呼気と共に気合いを込める。すると瞬きの間に、綱吉にとっては最早慣れ親しんだ(親しまされた、とも言う)炎が額に宿る。

「白蘭、すまない。残り時間、存分に戦ってくる」
「ん、よろしくリーダーさん」
「骸も、心配してくれてありがとう」
「…心配したわけではない。自分の獲物に手を出されたくなかっただけです」
「それでも、だ」

綱吉は飴色に透けた瞳で、控えめに微笑んだ。

「じゃあ、また明日」

小さく告げた別れの言葉から一転、今度は遠くに切り立つ崖を鋭く見つめる。綱吉は再び両手に炎を灯し、一瞬の内に飛び去っていった。


後には炎の残滓が漂うばかりとなった。残された二人は、それらが空気に溶けゆくのを暫く見つめていたが、やがて骸が呆れた様子で毒づいた。

「バトルを待ち合わせみたいに言うんじゃありませんよ…」
「素直じゃないな~。毎日会えるのが新鮮で胸がウキウキしますって正直に言ったら?」
「…だ、れ、が、言いますか!!」
「おっと!」

光速で突き出された槍を軽やかに除けつつ、白蘭は思案気に腕を組む。

「うーんそれにしても、僕としては、骸クンだからこそ近づかないで欲しかったんだけど…逆か~」

尚も急所を狙ってくる槍をかわしつつ「そうかそうか」と頷いている。もしここに獄寺がいたなら、お前は人の神経を逆撫でする天才か!と突っ込んでいたところだ。

「ええい、ちょこまかと…!」
「綱吉クンも趣味悪いな~」
「だから先程から何の話をしている!?」

いい加減、聞き捨てならなくなってきた発言の数々に骸は吠えた。ちなみに、それと同時に繰り出した最期の一突きまでもが躱されたことはこの際言及すまい。
実りのない応酬に嫌気が差した骸が槍を仕舞うと、白蘭はさしてそれらしい表情をするでもなく、「妬けるねぇ」と肩を竦めた。

「ま、関係性に一日の長があるのは仕方ないか」
「戯言が多いじゃありませんか。大概にしないと勘違いされますよ」
「勘違いしてくれていいよ?戯言じゃないから」
「…!」

骸の瞳がじわりと見開かれる。言い放った方はニコリと首を傾げる。
空気は一瞬にして謎の緊張感を孕んだ。

「……は?」
「やだな~骸クン驚き過ぎだってば」
「……どういう意味ですか」
「言葉の通りだよ」
「…………」

徐々に冷え込む空気など意に介さぬ様子で、白蘭は平然と宣った。

「僕、これからは綱吉クンと仲良くしたいんだよね」
「……一体何を企んでいる」

どこか焦燥を押し殺したような骸の声がお気に召したのか、薄紫の瞳が猫のように細まる。

「だから何も企んでないって。気に入っちゃたから仲良くなりたい。それだけサ」

好きだから好き。悪びれもなく、理論もへったくれもない言い方をされ、骸は束の間言葉を失う。しかもこの堂々とした態度。そうなる未来を信じて疑わない厚顔さは、まさしく未来を統べた支配者を彷彿とさせる代物だ。
骸は嘲るように笑った。

「性根が隠しきれていないのでは?そのような杜撰な隠蔽で、あの怖がりと仲良くしようとは片腹痛い」
「うわっ、嫌な言い方するな~。素の性格はそうそう変わるもんじゃないんだから仕方ないだろ?別に隠すつもりはないよ」
「ほお?では沢田綱吉を取り込み、再びトゥリニセッテの略奪を目論みますか」
「だーかーらー、それはもうしないって」

最早、各方面から耳にタコが出来るほど突っ込まれた話なのだろう、白蘭は少々うんざり気味に、否定の言葉を返した。

「綱吉クンと戦って負けて、ユニちゃんにも救われて、未来の僕も色々と考え直したんだ。この世界での生き方ってやつをね」

白蘭は、先ほどとは打って変わり、どこか吹っ切れたような顔つきで笑った。

「ねー骸クン、僕たちってけっこう似てるとこあるでしょ?ミステリアスな所とか」
「寝言は寝てから言いなさい」
「でもさ、僕、そういうのもうやめようと思って」
「おい」

地を這うような声色もなんのその。鬼の形相をスルーして白蘭は続ける。

「何考えてるか分らない、腹黒い悪役ムーブはもうお腹いっぱいだから、この人生くらいは、ちょっと真っ当に素直に生きてみようって決めたんだ」
「……は?」

ぽかん、と。怒りの表情も忘れ、柄にもなく大口を開けた骸を一体誰が咎められよう。そのくらい衝撃的で、俄かには信じられない発言が目の前の男から飛び出したのだ。

「ふふふ」
「…………」

骸が不信感たっぷりな目で見つめても、男の笑みは崩れない。それどころか、憑き物が落ちたような表情を見れば、今しがたの言葉が現実味を伴って実感へと変わる。
無言の見つめ合い――否、睨み合いの末、更に疑わしき眼でもって尋ねる。

「……誰ですかお前は」
「うーん、さしずめ新生白蘭って感じ?」
「もう喋らなくていいです」

胡散臭いにも程がある。
骸は再び苦虫を噛み潰したような顔をしながら思案した。たしかに綱吉が言っていたこともあながち間違いではなさそうだ。しかし素で腹に一物もニ物も隠し持っていそうなこの男を、手放しで信頼するほど平和ぼけな頭も持ち合わせてはいない。
綱吉への接触も含め、とりあえずは様子見とするしかないか…と眉根を寄せた。

「ま、ということで僕は僕の好きなようにこれから振るまうから、邪魔しないでね…って言いたいところだけど…」
「まだ何かあるんですか」

邪険な返答にも屈せず、白蘭は心底憐れんだような眼差しを骸へと向けた。

「骸クンてば、見てて可哀そうになるほど屈折してるから、ちょっとアドバイスをあげるよ」
「は?」
「君にも譲れない野望や矜持があるのは分かるけど、そういうのは一旦、何だっけほら、君の部下の城島クン?にでも食わせちゃってさ」
「………」

それは犬にでも食わせろと言いたいのだろうか。犬だけに。

「ちょっとは素直になってみたらいいんじゃないかな」
「そもそも言っている意味がわかりませんが、あえて言いましょう。余計な世話です」
「え~そうかな~」
「僕はいつでも自分の思想に従い、自由に生きている」

目の前の男に指図されるまでもなく、骸はどこまでも自分に正直で誠実だ。目的を達成するためならば、他を省みることなどないのだから。
それが例え、「戦いたくない」というささやかな好意であったとしても、受け入れてやる筋合いはない。

「ふ~ん?」

骸の内なる葛藤を見透かすように、細められた瞳がジッと見つめてくる。
悩みとは無縁そうな男は、やがて心底解せないといった様子で首を傾げた。

「世界大戦起こすよりも、好きな子といちゃいちゃしてた方が僕は楽しいと思うけどなー」
「お、ま、え、が、言うな!!」

世界征服を目論んだ奴に言われてたまるかっ!!
骸の絶叫に驚いたカラス達が一斉に空へ飛び立ったところで、本日の戦闘終了のアラームが鳴り響いたのだった。


***


静まり返る黒曜ヘルシーランド。その一角にある寂れた劇場を照らすのは、微かな月明かりのみだ。
密やかな話をするのにこれ程相応しい場所もないなと、綱吉は場違いにも感心を覚えた。

「次はどちらへ?」

後ろから投げかけられた言葉に振り返る。別段隠す必要もなく、素直に「白蘭のところ」と答えれば、沈黙が室内を満たした。
綱吉は決まり悪げに口を尖らせた。

「……仕方ないだろ、もうチームがどうのこうの言ってる場合じゃないんだ」

復讐者の強襲から休む間もなく開始された三日目の戦闘。その末に明かされた、アルコバレーノの真実。急転直下の展開は、むしろシンプルに綱吉の心を後押しした。
リボーンを、アルコバレーノを死なせたくない。願ったのはそれだけだ。しかしそれこそが、この戦いにおいて最難関ともいえるミッションである。到底綱吉一人でどうにかできる問題ではなく、故に、こうして夜明け前の町を駆けずり回っている。
全ては、チームの垣根を越えた協力を得るためだった。

事情を話し、わずかな逡巡の後、仕方なさそうに「是」と答えた目の前の男は、自分こそが不機嫌であると主張するように仏頂面で釘を刺した。

「分かっていると思いますが、手負いだからといって気を抜くんじゃありませんよ」
「まだそんなこと言ってるのかよ…まあ、分かってるけどさ」
「いいえ、君は何一つ分かっていません。ぽやっとしていたら取って食われるというのに」
「食う…?なんで?白蘭だって流石に人間は食べないと思うけど……」

綱吉の言葉を聞くと、骸は愕然と目を見開き、それから力尽きたように肩を落とした。

「君は……いや、なんでもありません。そう、その調子です。そうやってお得意のボケでかわしまくりなさい」
「ボケってなんだよ!失礼な…」

骸の反応はよく分からないが、しかしこれ以上気にかけている時間はない。夜明け前には、全てのチームに目通りを済ませなければならないのだ。

「じゃあ、オレ行くからな」

劇場を後にすべく一歩踏み出して――。

「…………」

綱吉はくるりと後ろを振り向いた。

「言っとくけど」
「まだ何か?」
「……一番最初に言いに来たんだからな」
「…………」

半ばヤケクソな気持ちで告げてみると、骸はきょとんと瞬いた。まあ確かに、だから何だという感じだ。それがどうしたという話だ。しかし、あえて「そうした」というのも、不本意ながら事実なわけで。
自己満足で、ただ伝えておきたかった。それだけである。そして謎の気恥ずかしさが天井を突き破りそうなので、返答は一切不要だ。

「それだけ、じゃ!」
「一応…」
「っ、え?」

けれど、ポツリと落とされた言葉が、言い逃げを決め込もうとしていた綱吉を引き止めた。

「一応、僕も言っておきますけど」

骸の顔には完全に「不本意です」と書かれている。しかし不承不承の体ながら、それでも彼は続けた。

「今回敵チームに回ったのは、過去の戦いでの借りを君に返すためです。これは戦士としての、僕のけじめだ」
「……うん」
「ですから」
「うん」
「ですから……」
「…うん?」
「………………別に、君が嫌いだから敵に回ったわけではありません。そのことは肝に銘じておくように」
「……!」

薄暗い部屋でも分かるほど、ブラウンの瞳が大きく見開かれた。その反応に盛大に顔を顰め、嫌そうに視線を逸らした骸は、動物を追い払うようにシッシと手を振った。

「話は仕舞いです。さっさと行きなさい」
「…うん!」

緊張が解けたように表情を綻ばせた綱吉が、呼気と共にその身に炎を纏う。モノトーンだった部屋が、一瞬にして鮮やかな橙に満たされ、それはまさに生命が息吹く瞬間を見ているかのごとく鮮烈で、どこか温かみさえ感じる光景だった。

「じゃあ、また後で」

短い挨拶を残し、窓から夜空へと飛び上がる。背後から聞こえてきた小さな返答にクスリと笑みを零し、綱吉は次の目的地へと空を駆けた。

***

暗闇に佇む並盛中央病院の一室。半分ほど開けられた窓に狙いを定め、夜風と共にするりと体を滑り込ませると、起きていたらしい男が緩く片手を上げた。

「やあ、君か」
「ああ、白蘭」

相も変わらずマシュマロの袋を抱えた彼は、心得たようにニコリと笑った。

「これから反撃するそ、って顔してるね」
「…何だそれは」
「気合入ってるねって意味サ♪」

楽しげな声につられ、力んでいた肩からほんの少し力が抜ける。復讐者にズタボロにされた後だというのに、どこまで通常運転な男だ。

「それで?僕もちゃんと仲間に入れてくれるんだろう?」
「話が早くて助かる。…力を、貸して欲しいんだ」

綱吉は死ぬ気を解き、これまでに分かった事、そしてこれからやりたい事を、目の前の男に丁寧に伝えた。
今や全チームのメンバーが復讐者の奇襲により酷い手傷を負っている。恐らく四日目が最後の代理戦争となるだろう。チェッカーフェイスと相見える瞬間はすぐそこに迫っており、最早チーム同士で敵対すらしている猶予はないのだ。
黙って話を聞いていた白蘭は、「うん」とひとつ頷き、「面白そうだね」と瞳を細めた。

「いいんじゃない?僕だって、ユニちゃんの呪いを解くために参戦したんだ。ここは是非、手伝わせてほしいね」
「……ありがとう」

何の含みもない了承の言葉に安堵する。思えば最初から、この男の目的は、綱吉より余程明確だった。しかし、だからこそ漠然とした疑問があった。

(今なら――)

聞けるだろうか。綱吉は小さく深呼吸をした。

「あのさ」
「うん?」
「なんで、同盟組もうって言ったの?」
「ん?」

唐突な質問に、白蘭がぱちりと瞬いた。綱吉は何となく視線を合わせられず、ベッドサイドのマシュマロ袋を見つめる。

「…突然ごめん」
「別にいいけど、どうしたんだい?急に…というか、」

今更?
若干苦笑している様子の彼に「ですよね…」と返した。全くもってその通りだ。本当なら、ユニの屋敷で作戦会議をした時に聞いておくべき問いである。

「あの、違うんだ。疑ってるとかじゃなくて、ただ…」
「ただ?」
「同盟は、チームが多いうちは有利かもしれないけど……結局最後は、戦うことになるだろ。だったら、ユニチーム的には、最初から個人で戦った方が良かったんじゃないかと思って…白蘭強いし」
「あ~まぁね」

最後にボソリと付け加えられた言葉を否定しないのは、それが真実だからだ。マーレリングの力を封印されているとはいえ、適合者としての白蘭の力は健在である。客観的に見ても、参戦したチームの中では断トツの優勝候補だっただろう。それが蓋を開けてみれば、リボーンチームと同盟を組み、あまつさえ綱吉を守った末の敗退だ。

「チェッカーフェイスの目的が新たなアルコバレーノの選定だってわかった以上、今更話してもしょうがないことかもしれないけど…」
「ふふ、ほんと食えないシステムだよね、あの男は」

沈んだ表情を見せる綱吉をよそに、白蘭は気にした風もなくマシュマロをぱくりと食べた。

「ユニちゃんがそう望んだから、そう動いただけさ。悪夢から助けてもらった恩返しに、彼女が思うとおりにしてあげたかったんだ。だから君が気にすることじゃないよ」

窓際近くに佇む綱吉をちょいちょいと呼んで、屋敷にいる時と変わらないのんびり加減でマシュマロをすすめてくる。パッケージに書かれているのは〝塩辛味〝である。

「またキワモノシリーズ…」
「だーかーら、意外と美味しいんだって。――ま、これでも食べて、笑って笑って!暗い顔はあんまり綱吉クンには似合わないよ~?」
「…………」

負い目を感じている綱吉の内心を知ってか知らずか、ポンポンと励ますように肩をたたく手はじんわりと暖かい。その暖かさに背中を押されるように、一つ手に取って口に入れた。

「たしかに、意外と…」
「デショ?」

得意げに胸を張る姿が、どことなく風太やランボと重なって、綱吉はようやく小さな笑みを零した。

「あとは、まあ、好奇心かなぁ」
「へ?」
「同盟を組んだ理由の…ひとつ、みたいな?」

思わぬ言葉に目を瞬けば、白蘭はイタズラが成功した子供のような顔で笑ってみせた。

「どういう意味?」
「君、未来の世界で僕に対してすごい怒ってただろ?あ、十年後の君もそうだけど、特に今の君、キミね」

訝しげな顔をする綱吉をよそに、白蘭は上半身をベッドへ預け、まるで何かを懐かしむかのように、濃紫の瞳を細めた。

「君が怒る理由はもちろん分かっていたよ?色々な並行世界を見ていたからね。君という人間性は知っていた。ただ……理解が出来なかったんだ、あの世界の僕には」
「…………」
「君は、僕と同じ側の人間だと思っていたから」
「……え?何だって?」

静かに耳を傾けていたら最後に聞き捨てならない一言が来た。一体誰が同じ側の人間だというのか。綱吉が尖った声で聞き返すと、白蘭は「違う違う」と緩く否定した。

「昨日のバトルで言っただろ?君と僕は、有事の際に輝く合わせ鏡の裏と表だって。この世で一つきりの力を持ち、それを振るうことができる。僕たちは地球という惑星に、世界という概念を張り付けるための縦横の楔なんだよ。誇張じゃなく、普通に生きる人々とは違う、一段上のフィールドにも籍を置いているのさ」

かろやかな声で話される内容は壮大すぎて、綱吉はポカンと口を開けた。たしかに、炎は出せる。なんなら空も飛べる。しかし残念ながら、綱吉の価値観はどこまで行っても小市民なのであった。この話について行ける程ぶっとんだ視点の持ち合わせなぞ、ありはしない。

「オレには大きすぎる話だよ」

綱吉の、相変わらず引き気味な態度を見て、対する男の顔には苦笑が浮かんだ。

「やーっぱ君はそうなんだよね~。僕たちは世界でたった三人……いや、ユニちゃんは虹として存在する特殊な存在だから、正しくは君と僕。世界でたった二人きりなんだけどなぁ」

心底残念そうな声で、白蘭は続けた。

「だからさ、僕の期待も分かるだろ?」
「期待?」
「そうさ。そりゃあ、正ちゃんていう親友はいたけど……彼は僕と同種の人間じゃない。同じ方向を見ることはできるけど、同じ立場にはなれないんだ」
「そんなこと」
「あるのサ」

有無を言わせぬ言葉とは裏腹に、その表情は凪いでいる。静かな諦観が浮かんでいた。

「だから、君となら対等のゲームができると思った。僕の気持ちを分かってもらえると思ってた……んだけどね」

結果はこの様さ、と白蘭は肩を竦めて笑った。

「君ったら、ぜぇーんぜん僕と同じ方向を見てくれないんだもん。どの世界の君も、皆怖い顔しちゃてさ。ちっともそんなこと思ってないんだ。僕は心底不思議だったよ、この世界での在り方が似ているのに、どうしてこうも違うんだろうって。――だから理解したかった」

濃紫の瞳が、ベッドサイドの綱吉を捉える。未来で嫌というほど見た紫色だ。
綱吉にとっては恐怖の象徴でもある。――しかし。

「君たちの……いや、君の怒りを。君が必死に守ろうとした日常に、興味があったんだ。だから同盟を申し込んだ。ユニちゃんを守るためと、僕の知的好奇心のため。今の僕なら、ちょっとは君の気持ちが分かるような気がしてさ」
「……!」

からっと笑うその顔に、最早未来の面影はなく。
綱吉はようやっと、本当の意味で、今を生きる白蘭と相対したような心地がした。

「まあ、オレの日常なんて、失敗ばかりのダメダメライフだけど…」

興味があるなどと、を面と向かって言われるのは初めてで、どこか面映ゆく感じながら、もごもごと答える。

「でも大事なんだろ?」
「うん」

たとえ転んでも、手を差し伸べてくれる仲間がいる。それだけで、否、そんな奇跡のおかげで、綱吉のダメダメな日常はきらきらと輝くのだ。綱吉が素直に頷くと、白蘭は満足そうに瞳を細めた。その様子が、餌をもらってご満悦な猫のようで、綱吉はとうとうプと吹き出した。

「あ、笑ったな~?」
「はは、ごめん」

何を考えているか分からなくて、怖いイメージしかなかった。けれど話してみると、意外に親しみやすい。そのギャップが、まさに先ほど食べたキワモノましまろシリーズにそっくりな気がして、それもまた可笑しかった。

かすかな笑い声が、夜風に乗って外へと届く。暫く響いていたそれはやがて空気に溶け、別れの挨拶と共に、辺りは夜の静寂を取り戻した。


***


バミューダが第八属性の炎の提供を了承したことにより、アルコバレーノという悪しきシステムに終止符が打たれた。
大怪我を負ったボス連中は雁首揃えて並盛中央病院へ放り込まれたわけだが、誰の思惑か、横一列となった部屋の壁は早々にぶち抜かれ、修学旅行さながらの大部屋となっていた。

「だぁぁぁリボーンこの野郎~!!」

炎と槍と白龍が飛び交う部屋の中に、沢田綱吉少年の雄叫びが響く。
「枕投げでもしたらどうだ?」などという家庭教師の余計な一言のせいで、燻っていた怪我人どものハートに火がついてしまった。そこからは阿鼻叫喚、推して知るべし。
一人シラフを保ち、逃げ惑う綱吉を哀れに思い、白蘭はストンと横に降り立った。

「綱吉クンも死ぬ気になってやろうよ~」
「いや、だから字面がおかしいって気づいて!?枕投げに命かけてたまるか!」
「ええ~?遊びにも本気出すから楽しいんだろう?」
「た、の、し、く、なーーーい!!」

白目を剥く綱吉に、白蘭はクスリと相貌を崩した。

「ねえ綱吉クン」
「なんだよっ」
「守るものがあるって、意外に燃えるんだね」
「へ?」

大きなブラウンの瞳が、下から無防備に見上げてくる。その羽のような眼差しがくすぐったい。

「誰かのために戦うなんて初めての経験だったけど、そんなに悪くなかったよ」

綱吉の瞳が大きく見開かれる。しかし構わず、白蘭は続けた。

「人を背中に庇うのも初めてだったけど、なんというか…うん、僕が守らなきゃって思うと、こう…不思議な力が、湧いてきてさ」
「白蘭、」
「君はいつも、こういう気持ちで戦ってきたのかな?」

戦う時、いつも頭を過っていたのは、未来から引き渡された記憶の欠片だ。互いが持てる全力でぶつかり合ったあの瞬間、白蘭の体を貫いた、燃えるほど熱く苛烈な瞳をいつも思い出していた。

「未来のボクはそういうの、反吐が出るって思っていたみたいだけど」

それでも、あの眼差しの理由を、ずっと理解したかった。今回己が感じた気持ちと、綱吉が感じていた気持ち。それが同じものならば――。
白蘭はひとつ息を吐き、どこか面映い気持ちで告げた。

「今のボクは…嫌いじゃないかも」
「―――…」

黙したままの綱吉がジッと見つめてくる。時間にしたら二呼吸にも満たないだろう。その微かな沈黙の後、少年はニッと笑った。

「オレも」
「……!」
「戦うのは今だって怖いけど…皆がいるから、頑張れるんだ」

だからその気持ち、よく分かるよ。綱吉はそう言って、嬉しそうに微笑んだ。
白蘭はそんな少年をぽかんと見つめた。

(共感、してくれた)

似てるはずなのに、ちっとも理解してくれなかった焔の少年が。あの痛いほどの眼差しが。今は手を伸ばせば届く距離で笑っている。そんな信じがたい事実が、目の前にある。

(ああ、そうか――)

ふと、思い出した。別に人間的な感情がなかったわけじゃない。下らないことで感動することも、胸が熱くなることもあった。けれどそれ以上に、違和感が勝ったのだ。
巨大な力を持ってしまったが故の、世界との差異。それがやがて嫌悪に変わり、侮蔑と支配に至った。

(つまり、)

紙一重なのだ。己も、そして彼も。
だからもし。

(もしいつか、彼が…その違和感に負けてしまうようなことがあるなら)

強大な力を持つ一方で、どこまでも平和を望む心。その矛盾に押しつぶされそうな時が来てしまうなら。

「……僕が、助けてあげるよ」
「え?何?」

小さく囁いた白蘭の声を拾って、綱吉がきょとんと目を丸くする。
その幼げな顔が、白蘭の心の中の、庇護欲とかそんな甘い部分を擽って、それがまた可笑しくて、白蘭は声を上げて笑った。
――その時。

「そこ!」
「おっと」
「ひえっ!?」

少しばかり話し込んでいた二人の間を裂くように、漆黒の槍が通り過ぎる。出処は言わずもがな、何故か不機嫌そうな顔でこちらを睥睨する六道骸だ。彼は二本目の槍を構えながら、希に見る良い笑顔で言い放った。

「死に晒せ」
「いや、率直ぅぅ!?」

病院にあるまじき暴言である。

「わっ、ちょ…待てってば~!?」
「わ~こわーい」

襲いかかってくる槍の雨を掻い潜りながら、再び危険な枕投げに身を投じる。骸に責められ「いや、だから、それはぁ!」と必死に弁解している綱吉に、僭越ながら白蘭もちょっかいをかけることにする。

「綱吉クン」
「え?なに!今悠長に話している時間は…」
「覚悟してね、イロイロと♪」
「え!?」

大きな瞳が、更にまん丸に見開かれる。

「だ、だから、なんなのーーーー!?」

前門の虎、後門の狼…ならぬ、前門の骸、後門の白蘭に迫られ、為す術もなく上がる悲鳴。少年の悲痛な叫びは、賑やかな病室に木霊し、ゆっくりと消えていった。